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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)514号 判決

判   決

原告

三浦啓義こと

三浦辰次

右訴訟代理人弁護士

三浦久三郎

被告

有限会社一ツ橋書店

右代表者代表取締役

米林友夫

原告

原尾節海

右両名訴訟代理人弁護士

武田軍治

右当事者間の昭和三六年(ワ)第五一四号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、「被告らは、各自、原告に対し、金四十五万五千円及びこれに対する昭和三十六年二月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり陳述した。

一  原告は、「受験作文の書き方と模範文例集」と題する著作物の著作権者である。

原告は、「受験作文の書き方と模範文例集」(のちに、「作文の対策と模範文」と改題)と題する学術の範囲に属する著作物を著作し、株式会社法学書院から、B六判、二百三十頁、定価金百三十円として、昭和三十年十一月三十日初版を発行し、その後引きつづいて発行している。

二  被告らは、共同して右著作物に対する原告の著作権を侵害した。

(一)  被告原尾節海は、「就職試験作文対策高校編」(昭和三十四年度版)と題する著作物を著作し、被告会社は、これをB六版、百八十頁、定価金百円として、昭和三十三年六月十三日初版を発行し、その後、次のとおり発行して、合計三万五千部に及んでいる。

昭和三十三年八月二十五日 再版発行(昭和三十四年度版)

昭和三十四年四月二十二日 改訂版発行(昭和三十五年度版)

昭和三十四年六月三十日 改訂二版発行(昭和三十五年度版)

昭和三十五年二月二十五日 改訂版発行(昭和三十六年度版)

(二)  被告原尾節海は、故意もしくは過失により、別紙一の原告主張の偽作部分対照表記載のとおり、被告の前記著作物中、三十一カ所の部分にわたつて、原告の前記著作物中からこれに対応する右部分を、不法に引用し(その詳細は、別紙二の偽作部分対照表の説明書原告欄記載のとおりである。)、被告会社は、被告原尾の著作物中、三十一カ所の部分が、原告の著作物中からこれに対応する各部分を不法に引用したものであることを知り、または、知ることができたにかかわらず、過失によりこれを知らないで、被告原尾の著作物を発行し、もつて、いずれも原告の著作物に対する原告の著作権を侵害した。

三  被告らの著作権侵害行為によつて、原告は金四十五万五千円の得べかりし利益を失つた。すなわち、被告原尾の著作物三万五千部が発行されなければ、当然原告の著作物が同じ部数だけ多く発行されたはずであるが、原告は発行者から右著作物一部について、定価金百三十円の一割にあたる金十三円の印税を受けているものであるから、三万五千円で合計金四十五万五千円の印税を受けることができたはずである。したがつて、原告は、被告らの著作権侵害行為によつて、金四十五万五千円の得べかりし利益を失つたこととなる。

四  被告らの主張事実中、昭和三十四年十二月十日、その主張のとおりの和解が成立したことは、認めるが、その余の事実は否認する。和解の対象となつた著作物である長田英方編集「就職試験作文対策高校編」と本件被告原尾の著作物とは、全く別個の著作物であり、両者になんらの関係はない。

(被告らの主張)

被告ら訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一(一)  原告主張の事実中、原告が学術の範囲に属する原告主張の著作物を著作し、株式会社法学書院から、B六判、二百三十頁、定価金百三十円として、昭和三十年十一月三十日初版を発行したこと、被告原尾節海が原告主張の著作物を著作し、被告会社が、これをB六判、百八十頁、定価金百円として、昭和三十三年六月十三日初版を発行し、その後、原告主張の各日時に再版以下を発行したこと、並びに、原告及び被告原尾の著作物中に、別紙一の原告主張の偽作部分対照表のとおりの記載があることは、認めるが、その余の事実は争う。

(二)  被告原尾節海は、同被告の著作物中、原告主張の三十一カ所の部分につき、原告の著作物中から、これに対応する各部分を不法に引用した事実はない。その詳細は、別紙二の偽作部分対照表の説明書被告欄記載のとおりである。

(三)  被告原尾の著作物の発行部数は、昭和三十三年六月十三日から昭和三十四年六月三十日までの間は、八千部、昭和三十五年二月二十五日は、二千部、合計一万部にすぎない。

(四)  原告が主張するように、被告原尾の著作物が発行されなければ、原告の著作物が当然それだけ多く発行されるということには、ありえない。なぜならば、被告原尾の著作物は、原告の著作物に比して、記載内容、装丁、紙質等においてすぐれており、しかも、価格は低廉であり、その売れ行きは全く同被告の著作物そのものの価値に基くもので、原告の著作物の売れ行きとはなんら関係がない。また、原告の著作物は、公務員試験、各種会社の入社試験等の受験対策指導用として著作されたものであるが、この種の著作物は、受験作文指導書として、原告の著作物が発行される以前から他に発行されていたものであり、とくに、昭和二十四年春、始めて新制高校卒業生が実社会に就職するようになつてからは、この種の著作物が、多種、しかも多量に発行されていた。

二  本訴損害賠償請求と別件和解との関係について。

本件原告と、本件被告会社、長田英方及び坂本義夫との間に、東京地方裁判所昭和三三年(ワ)第四、〇三二号損害賠償請求事件について、昭和三十四年十二月十日、「有限会社一ツ橋書店(本件被告会社)、長田英方及び坂本義夫は、長田英方編集、有限会社一ツ橋書店発行の昭和三十三年度版就職試験作文対策高校編を昭和三十二年六月十日発行(初版のもの)と同一記載内容のままでは、出版発売しないこと。ただし、右書籍を改訂したものを出版することについては、三浦辰次(本件原告)において異議ない。」旨の和解が成立した。ただし書にいう「右書籍を改訂したもの」とは、長田英方編集の就職試験作文対策高校編の改訂版に限らず、他の著者であつても、被告会社から発行するものであればよいとの趣旨である。被告原尾の著作物中、昭和三十五年二月二十五日発行の改訂版は、その著者が長田英方らから、被告原尾節海にかわつても、その記載内容及び発行の時期からみて、あたかも、右和解条項ただし書の改訂版に当たるものである。したがつて、被告原尾の著作物中昭和三十五年二月二十五日発行の二千部については、原告において異議を申したてることができないものであるから、原告の本件損害賠償請求中、少なくとも、この部分に関する金二万六千円の範囲内においては、被告らは、損害賠償義務がない。

(証拠関係)(省略)

理由

(当事者間に争いのない事実)

一  原告が、学術の範囲に属する原告主張の著作物を著作し、株式会社法学書院から昭和三十年十一月三十日発行したこと。

被告原尾節海が原告主張の著作物を著作し、被告会社が昭和三十三年六月十三日これを発行したこと、並びに、原告及び被告原尾の著作物中に、別紙一の原告主張の偽作部分対照表のとおりの記載があることは、いずれも当事者間に争いがない。

(被告原尾の著作物中の原告主張の部分が、原告の著作物中の各対応部分の引用であるか。)

二  被告原尾の前記著作物中の原告主張の部分が、原告の本件著作物中の原告主張の部分の引用であることを認めるに足る明確な資料はなく、かえつて、(証拠)を総合して勘案すると、被告原尾の著作物中の原告主張の部分は、原告の著作物の原告主張の部分の引用とは断定しえないものと認定せざるをえない。

(一)  すなわち、前掲対照表中、二の(二)、(三)、三の(一)、(二)、及び三の(四)、(五)の部分は、両著作物とも、その趣意とするところは、ほぼ同じであるが、その記述は全く同文ではなく、量においても差異があるから、原告の主張するような引用とみることはできない。なぜならば、本件両著作物は、対象とする読者、著作の目的ないし性格をほとんど同じくし、要するに、就職用受験作文についての知識、その特質、近来の出題例と傾向等を具体的に加味した対策と研究を主題とした他に類書も少なくない学生用参考書であるが、この種著作においては、著作者独自の見解や表現を試みるより、すでに認められている所説、解釈に従うことが普通である関係上、ともすれば、部分的には、趣意または記述の仕方に類似性があらわれるのは、むしろ通例だからである。

(二)  同じく前掲対照表中、五の(一)から(一四)の部分は、文題を等しくしているが、両者の記述は、また同文ではなく、しかも、その文題の同一性は、実際に出題された公知の例から選択したことに由来するものと認められるから、原告の主張するような引用とみることはできない。

(三)  その他の原告主張の部分も、程度の差はあるにしても、その表現の形式において、それぞれ著作者たる被告原尾の独創的努力が払われており、もとより引用と目すべきものではない。

(むすび)

三 以上のとおり、被告原尾の著作物中、原告主張の三十一カ所の部分は、原告の著作物中の各対応部分の引用であるということはできないから、その偽作であることを前提とする原告の本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。よつて原告の請求は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 米 原 克 彦

裁判官 竹 田 国 雄

(別紙一)(別紙二)<省略>

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